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2007年8月 6日 (月)

岡井隆と初期未来

 著者が生きている本は基本的にはここでは扱わないことにしているのですが、例外的に紹介させていただきます(敬称はついたりつかなかったりしますが、何か考えている訳ではないので気にしないでください)。
    
●『岡井隆と初期未来 若き歌人たちの肖像』(大辻隆弘/六花書林/発売:開発社)

 サイトの紹介文は下記。
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岡井隆、相良宏、福田節子、吉田漱、細川謙三、 稲葉健二、山口智子、そしてY。

……彼らは、時にお互いを苛みあい、傷つけ合いながらたった一点、歌に拠って生きるしかないという切羽詰った思いで繋がりあっていた。そこには歌に賭けた青春があった。歌に賭けるしかなかった激しい日々があった。
(「あとがき」より)
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 "「あとがき」より"とありますが、これは帯文に使われた文章そのまんまです。

 目次は下記。
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・第一章 風のようなひと 吉田漱と岡井隆
・第二章 「未来月報」の青春 稲葉健二・細川謙三・吉田漱
・第三章 清瀬の森 福田節子と相良宏
・第四章 赤きヴラウス Yと岡井隆
・第五章 昭和二十八年十二月 相良宏と岡井隆
あとがき
初出一覧
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 社外のことは興味がないワタクシです。アララギについて知っている事項なんてほとんどありませんし、これといった興味もなくすごしてきました。それでも現代に生きて歌に関わっている以上、岡井隆の名前を意識したことがないとは言いませんという程度の認識はある訳です。
 『同時代歌人論 岡井隆と佐佐木幸綱』(鈴木竹志/ながらみ書房)は読んでますので、少しは前知識はあったつもり。

 事件として語られているものは、比叡山での大会と『未来歌集』についてだけと言ってよく、あとはその背景の考証です。ほぼ昭和28年の事項のみを扱っています。
 まず、「未来月報」という「未来」創刊初期に刊行されていた別冊の存在が紹介されます。これは何か。この時点では「未来月報」の全貌は明らかでなく(後で明らかになります)、ここから当時の様子の推測がはじまります。もちろん本誌や当時に関する記事、エッセイ等も参考にしたそれなりの根拠のあるものです。そこで語られるのは「未来月報」の裏方である吉田漱。岡井隆の動きについてはあまり語られません。第二章に入ると政治的なことを含めた人間関係について書かれます。このあたりから岡井隆に焦点が絞られていきます。くわしくは説明しませんが、みんな若かったんだなあというのが率直な感想。知っている人は知っている人間関係なのだろうけど、私は当然のごとく知りませんでした。伝え聞いていた人でも、こうして資料とつきあわせられたことによって、知らなかった事項が出てきたはずです。時には電話インタビューを交えてます。
 この調子で第四章まで行き、このあたりから結社(当時は同人誌でしたが)のなかの近藤芳美が見えてきます。松川事件についての近藤・岡井の歌の対比、佐太郎の消化についての推測など歌人(というより歌読みのプロというべきか)ならではの内容でした。山口智子が出てきたあたりで終了です。

 時系列にたどっているように見えて、月報の存在→男同士の人間関係→男女の人間関係→作品 ときれいに流れています。作品でおとしたことによって、単なる評伝ではなく歌人の評伝となったと思いました。


 以下は上の文章に組み入れられなかったつぶやき。

※ 迢空の死は印象的な登場なのに、茂吉の死はは書かれていません。同年のこととはいえ、この本で扱われている話題の前だからかと思われます。「未来」ではあんまり影響なかったのかなー。全体的に「アララギ」と「未来」の関係は良好でなかったという描写がチラホラとある程度。

※ 1点だけわからなかったことが。26頁7行目に「世に一冊しかない『六月風』の異本」とあり、25頁には「五部」とあるので5冊ではないかと理解されるのですが。1冊ってどこから出てきたのかしらん。それともこの5部と1冊は別物?

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コメント

別物です。
1部は『六月風』の異本のこと。
5部は『韮菁集』の異本のこと。

投稿: うだがわ | 2007年8月 8日 (水) 11:59

私がちゃんと読んでなかったのですね。
ご教示ありがとうございました。

投稿: くらげ | 2007年8月 8日 (水) 13:15

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