2020年8月27日 (木)

山中智恵子(twitter投稿まとめ)

 twitter投稿まとめです。

 

 

 

 昨日、正誤表の投稿をRTしたらやや反応あったもの。

 
 ココログサービスが変更になり、放置していると更新できなくなるというので書いてみました。ときどき更新するようにします。

 

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2014年6月26日 (木)

『日本幻想作家事典』関連

 『日本幻想作家事典』(東雅夫・石堂藍/国書刊行会)という本があります。
http://www.amazon.co.jp/dp/4336051429

 縁あって私も何項目か書いてます。
http://klage.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-60fe.html

 その本に関する動きがありましたので以下備忘メモとして関連リンク。

 私は特に編集サイドの事情を知らないので、表面に出た情報からの自分なりの理解なので正確でないところがあるかもしれません。

(1)別冊幻想文学『日本幻想作家名鑑』(1991年)

 タイトルのとおり雑誌「幻想文学」の別冊。東雅夫・石堂藍共編。

(2)国書刊行会『日本幻想作家事典』(2009年)

 (1)の大改訂を行ったもの。名義上東雅夫・石堂藍共編。

(3)ちくま文庫『日本幻想文学事典』(2013年)
http://www.amazon.co.jp/dp/4480431136
http://blog.livedoor.jp/genyoblog-higashi/archives/35585653.html

 (1)(2)をふまえた東さん版。

 (3)において石堂さんの文章がそのまま流用されていたとして、筑摩書房より「ちくま文庫『日本幻想文学事典』に関するお詫び」が出ました。

https://www.chikumashobo.co.jp/blog/news/entry/1021
https://twitter.com/PiedraIndigo/status/481571165391966208

 東さんの記述。
http://blog.livedoor.jp/genyoblog-higashi/archives/39525875.html
http://blog.livedoor.jp/genyoblog-higashi/archives/39536874.html

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2014年1月17日 (金)

リテラリーゴシック・イン・ジャパン

 『リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選』(編:高原英理/ちくま文庫)が発売されました。
 http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480431202/

 この手のアンソロジーとしてはめずらしく、韻文も入っています。※1小説以外に短歌、俳句、詩も収録されています。藤原月彦さんの句が三十三句収録されています。月彦ファンとしてはおさえておきたい本です。
 今の歌人としての作風になじんでいる方にとっては「藤原さんがゴス???」でしょうが、かつては耽美的作風の俳人でもありました。第一句集『王権神授説』のコピーは「寺山修司、春日井建氏の正統的後継者。遂に登場」だったくらいです。

 今回収録されている句の下記二冊より引かれています。

・『王権神授説』(1975/12/31/深夜叢書社)
 B6ソフトカバー、函、二百十句収録
・『貴腐』(1981/8/26/深夜叢書社)
 A5ハードカバー、パラ、函、三百句収録

 『王権神授説』から二十句、『貴腐』から十三句です。

 引用されている句の単行本収録情報をまとめます。
 掲載順に番号をふりました(本には番号は入っていません)。「」で囲んだのは章タイトルです。現物を見る機会がある方はぜひ元の連作のかたちと見比べてみてください。

(1)『王権神授説』「天動説」p.12
(2)『王権神授説』「天動説」p.20
(3)『王権神授説』「王権神授説」p.24
(4)『王権神授説』「王権神授説」p.25
(5)『王権神授説』「王権神授説」p.26
(6)『王権神授説』「王権神授説」p.29
(7)『王権神授説』「王権神授説」p.34
(8)『王権神授説』「王権神授説」p.35
(9)『王権神授説』「聖痕祭」p.45
(10)『王権神授説』「子供十字軍」p.54
(11)『王権神授説』「子供十字軍」p.57
(12)『王権神授説』「子供十字軍」p.58
(13)『王権神授説』「子供十字軍」p.60
(14)『王権神授説』「アルンハイム世襲領」p.77
(15)『王権神授説』「アルンハイム世襲領」p.79
(16)『王権神授説』「アルンハイム世襲領」p.80
(17)『王権神授説』「アルンハイム世襲領」p.83
(18)『王権神授説』「中世の秋」p.97
(19)『王権神授説』「偽花鳥双紙」p.103
(20)『王権神授説』「偽花鳥双紙」p.116
(21)『貴腐』「貴腐」p.8
(22)『貴腐』「貴腐」p.10
(23)『貴腐』「貴腐」p.23
(24)『貴腐』「地動説」p.23
(25)『貴腐』「地動説」p.23
(26)『貴腐』「地動説」p.27
(27)『貴腐』「火の昔」p.52
(28)『貴腐』「憑依論」p.74
(29)『貴腐』「憑依論」p.77
(30)『貴腐』「彼岸考」p.98
(31)『貴腐』「さかしま」p.118
(32)『貴腐』「さかしま」p.121
(33)『貴腐』「さかしま」p.132

 上記以外の句集からも少し入ってもよかったかなと思います。少なくとも私が月彦33を選んだら「菊膾夜叉かも知れぬ母の舌」(『盗汗集』p.95)、「葛の花見るわれを見る葛の花」(『魔都 第参巻』p.22)あたりは今だったら入れるかなー(日によって選択は変わると思います)。と、いいつつゴシックがわかっていないのでこのアンソロジーの基準からすると不適かもしれませんが。絶対的代表句は高原さんが選んだなかにありますので、それは私も選ぶと思います。あくまでも制約のある中での選択であるとは理解しつつ、高原さんの選を興味深く拝読しました。
 このようなことを書きましたが、『王権神授説』『貴腐』のころの緊張感はすばらしくて、私のベストは永遠に『貴腐』というくらい好きです。

 こうしたアンソロジーが刊行されることをうれしく思います。
 



※1
森話社から刊行中の『アンソロジー・プロレタリア文学』も短歌が入っています。
http://www.shinwasha.com/051-7.html

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2013年8月 8日 (木)

「ガニメデ」58号

 今日は少し時間を取れたので「ガニメデ」58号の斉藤斎藤さん《小歌集一〇〇首詠み下ろし》「広島復興大博覧会展」読了。送っていただいて読めました。ありがとうございます。

 私は斉藤さんのよい理解者ではないという自覚がある。コテコテの保守でありたいと常に思っているので、斉藤さんの歌について歌会以外の場でコメントしたことないと思う。それくらいわからない。わからないことには口を出さない。今回は親切に対する誠意として、現時点で思っていることをメモしてみます(「風通し」の時も何か書こうと思ったのだけど結局まとまらなかった)。

 わからないにもいろんな意味があって、単にわからないと言うつもりはないです(私が本当に正直にものを述べたらおそらくここ30年くらいの「先端」はだいたい理解できてないということになる)。わからないなりに読んでいくなかで、なんとなく斉藤さんのやりたいことってこういうことなのかな?という手触りのようなものは見えていると思う。

 私が読んだ範囲だと、最初に詞書多用の作品読んだのは「るしおる」63号の「今だから、宅間守」で、その時は散文のほうに行くのかもしれないと思った。この時は「何がしたいのかな?」というのが斉藤さんのわからなさだったと思う。斉藤さんはその後、散文にも不定形にも行かず、短歌を書いている。媒体によって制約はあるので、割と普通の連作(に見える)の時もある。私は斉藤さんのこういう詞書多用の連作は理解できるとは言えないけれど、とても意欲的でいいと思っていて、「もっとやれ」と思っているクチです。自分の方法を見つけたら突き進めばいいと思う。

 と、いうのをふまえつつ私はたいした知識もなくこの一連をとりあえず一読。そしてこのメモを書いています。
 過去おきたことの叙事詩のような、未来にひらかれる希望のような一連でした。詞書というか散文詩に歌が埋め込まれているような形式はいつもりどおり。
 おおざっぱに書くと、過去に開催された「広島復興大博覧会展」~原爆~未来に行われる「広島復興大博覧会展」という構成。今回は同じもしくは同じような歌が何度か登場する。もちろん前後の詞書がちがうのでニュアンスは変えられている。長い、非常に凝った作品だと思う。引用も多い。つうか、読むだけでつかれる。長いからという単純な理由と、情報量が多いからという脳みそ的な理由で。
 脳内で斉藤さんの声で再現まではしなくてもいいけど、朗読というか息づかいというかを意識して読むと独特のリズムがあるのがわかると思う。私がわからないなりに斉藤さんを支持するのはリズムと一語一語レベルのていねいさがあるからだと思う。

 末尾の詞書では「わたしたち」が続く。そして最後の一首で「わたし」になる。この最後の「あなた」は誰のなのかはわからない。中ほどに似たような歌が置かれその時は「あなた」ではなく「彼ら」になっている(この「彼ら」は文脈からすると「人的被害」の「彼ら」)。「あなた」は誰なのかはわからないけれど、「わたし」と相対する具体的な存在であるはずだ。そしてその「あなた」より「わたし」は強い。それが希望だと思う。

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2013年6月 1日 (土)

血忌

 の、原稿を某所にて拝見。
 
 「血忌」とは『未青年』に収録された一連で、「女を恋はず」を含む春日井さんの象徴的な一連(のひとつ)です。 歌集収録時には40首。

 私が見た原稿は初出の「短歌」1959年10月号掲載のものと思われます(初出情報はデータで確認。現物未確認)。
 初出30首ですが、原稿には37首ありまして。

 削られた7首は40首バージョンに入っているかというとそうでもないみたいです? 没にしてそのままなんだと思うけど、このボツにしたのは誰なの? 中井さん?
 歌集未収(と思われる)7首は原稿では、青えんぴつでバッテンしてありました。 

 そのうちどこかの古書店から出ると思います。

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2012年9月 9日 (日)

窓、その他

 内山晶太さんの第一歌集『窓、その他』(六花書林)が刊行された。
   http://rikkasyorin.com

 何年も前から待望されていた歌集で、ついにという感想が多いと思われます。私もそのひとり。まずは、同じ結社の仲間として「おつかれさま」と「おめでとうございます」を送りたい。

 内山さんの歌は誌上で読んでいて、うなることが多い。この歌集には入っていないけど、私が印象に残っているのは渋谷の街をウロウロするだけの一連。特別なことは何もしない。けれどもそれが歌になっている。うまい人にはそれができる。内山さんは歌歴と完成度があまりつりあっていない人で、私が読み始めた時、すでにうまかった。それでいて、歌歴20年の今になってゆるいところのある歌をポッと出すことがある。歌集に入っている歌からだと、たとえばこんなの。

  抜け落ちてゆくかなしみの総量をしらず昼間の部屋にふるえつ (p.13)
  かけがえのなさになりたいあるときはたんぽぽの花を揺らしたりして (p.20)
  気づかれぬよう剥がれたるはなびらは眼窩のごとき壷に降りたり (p.148)

 このあたりは、共感を得られる内容だし、書きたい気持ちはわかるけど、内山さんならここまでストレートに書かなくても書ける内容では?とも思う。けれどもこう書きたい気分で、こう書くしかなかったというのはわからないでもない歌。「わかるー」以外の感想が出にくい歌。
 三首目は、ストレートな表現ではないと思う。三~五句の表現の高さとのバランスが悪いと思ったのであげた。内山さんが書いてしまうということがすでに「気づかれぬよう」の部分と対立する内容。それをわかっているから「気づかれずに」ではなく「気づかれぬよう」なのだと思うけど、注意深い表現であるがゆえに残りの三句の良さに目がいきにくくなる。 

  涙目の少女ひとりをおおいなる夕映えのなかに取り落としたり (p.26)
  てのひらに貰いしお釣り冬の手にうつくしき菊咲きていたりき (p.34)
  口内炎は夜はなひらきはつあきの鏡のなかのくちびるめくる (p.80)
  うすくらき通路の壁にリネン室げにしずかなり布の眠りは (p.129)
  陶製のつめたき馬の首すじに雨すべるさえとおき抱擁 (p.146)

 このあたりは好きな歌。

 どれとはあげないが、光の歌が多い。タイトルになっている窓の歌も多い。窓は光を通す存在で、ガラスごしに世界を見ていると思っているのだろう。けれど、まぶしいと感じる人はすでに光のなかにいる(実生活については知らない)。花ということばの出てくる歌も多い。内山さんが歩いているのは光と花に満ちた道だ。内山さんはそれに気づいて、堂々と歩いていくべきだと思う。餞にもならない内容だけど、内山さんはこの本から出発できたことに自信を持って次を目指してほしいと強く思う。

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2009年2月21日 (土)

塚本邦雄の青春

 まだパラ見ですが、塚本邦雄という存在が気になっている人にはぜひ読んでいただきたい本なので紹介させていただきます。

・『塚本邦雄の青春』(楠見朋彦/ウェッジ文庫)
   http://www.amazon.co.jp/dp/4863100418

 京都新聞に連載されていた「母のくに 塚本邦雄の近江」を加筆したもの。
 『水葬物語』以前の足跡をたどるという、不可能と思われる作業に挑戦しています。これまでも少しは紹介されていた「短歌研究」投稿欄や「青樫」「木槿」「くれなゐ」といった参加していた歌誌、勤務先文芸部の機関紙「またいち」などの文献に可能なかぎりあたっています。それに加えて、塚本自身の著作から『水葬物語』以前の記述をたんねんに掘り起こしています。塚本なので矛盾もある訳です。各章は短く簡素にまとまっていますが、それらを整理してこのかたちにまとめることのなんと大変なことか。

 あとがきに「虚実皮膜というが、そのうす皮一枚は、実人生と虚構の作品世界をへだてているのではない。」「お互いに向こうを透かし見る、その往復運動においてこそ、塚本邦雄が一生を賭した文芸が呼吸できるのではないだろうか。」とあります。
 作品を読む、歌人を理解するということは字義をたどるのももちろん重要だと思います。こういうことを書くのは危険なのですが、ある時代のある場所で生きた歌人の「呼吸」を理解しないことには読みは明後日の方向へむかうことになると思います。「呼吸」だけではよりよい読みはできないし、字義だけでもたどりつけません。

 現在、塚本邦雄が理解されているとは言いがたい状況のなかで、読みの虚実のバランスをとるために重要な1冊になると思います。

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2007年8月 6日 (月)

岡井隆と初期未来

 著者が生きている本は基本的にはここでは扱わないことにしているのですが、例外的に紹介させていただきます(敬称はついたりつかなかったりしますが、何か考えている訳ではないので気にしないでください)。
    
●『岡井隆と初期未来 若き歌人たちの肖像』(大辻隆弘/六花書林/発売:開発社)

 サイトの紹介文は下記。
--------
岡井隆、相良宏、福田節子、吉田漱、細川謙三、 稲葉健二、山口智子、そしてY。

……彼らは、時にお互いを苛みあい、傷つけ合いながらたった一点、歌に拠って生きるしかないという切羽詰った思いで繋がりあっていた。そこには歌に賭けた青春があった。歌に賭けるしかなかった激しい日々があった。
(「あとがき」より)
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 "「あとがき」より"とありますが、これは帯文に使われた文章そのまんまです。

 目次は下記。
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・第一章 風のようなひと 吉田漱と岡井隆
・第二章 「未来月報」の青春 稲葉健二・細川謙三・吉田漱
・第三章 清瀬の森 福田節子と相良宏
・第四章 赤きヴラウス Yと岡井隆
・第五章 昭和二十八年十二月 相良宏と岡井隆
あとがき
初出一覧
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 社外のことは興味がないワタクシです。アララギについて知っている事項なんてほとんどありませんし、これといった興味もなくすごしてきました。それでも現代に生きて歌に関わっている以上、岡井隆の名前を意識したことがないとは言いませんという程度の認識はある訳です。
 『同時代歌人論 岡井隆と佐佐木幸綱』(鈴木竹志/ながらみ書房)は読んでますので、少しは前知識はあったつもり。

 事件として語られているものは、比叡山での大会と『未来歌集』についてだけと言ってよく、あとはその背景の考証です。ほぼ昭和28年の事項のみを扱っています。
 まず、「未来月報」という「未来」創刊初期に刊行されていた別冊の存在が紹介されます。これは何か。この時点では「未来月報」の全貌は明らかでなく(後で明らかになります)、ここから当時の様子の推測がはじまります。もちろん本誌や当時に関する記事、エッセイ等も参考にしたそれなりの根拠のあるものです。そこで語られるのは「未来月報」の裏方である吉田漱。岡井隆の動きについてはあまり語られません。第二章に入ると政治的なことを含めた人間関係について書かれます。このあたりから岡井隆に焦点が絞られていきます。くわしくは説明しませんが、みんな若かったんだなあというのが率直な感想。知っている人は知っている人間関係なのだろうけど、私は当然のごとく知りませんでした。伝え聞いていた人でも、こうして資料とつきあわせられたことによって、知らなかった事項が出てきたはずです。時には電話インタビューを交えてます。
 この調子で第四章まで行き、このあたりから結社(当時は同人誌でしたが)のなかの近藤芳美が見えてきます。松川事件についての近藤・岡井の歌の対比、佐太郎の消化についての推測など歌人(というより歌読みのプロというべきか)ならではの内容でした。山口智子が出てきたあたりで終了です。

 時系列にたどっているように見えて、月報の存在→男同士の人間関係→男女の人間関係→作品 ときれいに流れています。作品でおとしたことによって、単なる評伝ではなく歌人の評伝となったと思いました。


 以下は上の文章に組み入れられなかったつぶやき。

※ 迢空の死は印象的な登場なのに、茂吉の死はは書かれていません。同年のこととはいえ、この本で扱われている話題の前だからかと思われます。「未来」ではあんまり影響なかったのかなー。全体的に「アララギ」と「未来」の関係は良好でなかったという描写がチラホラとある程度。

※ 1点だけわからなかったことが。26頁7行目に「世に一冊しかない『六月風』の異本」とあり、25頁には「五部」とあるので5冊ではないかと理解されるのですが。1冊ってどこから出てきたのかしらん。それともこの5部と1冊は別物?

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